KM 文書庫(演劇、音楽、文学)

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ハープと貴婦人─ギヨーム・ド・マショー『ハープの賦(ディ)』について

片山幹生
 
ギヨーム・ド・マショー(1300頃-1377)の『ハープの賦(ディ)』は、1360年頃に書かれた10音節平韻384行の短い作品で、作者自身の監督のもとに作成されたと考られている2写本を含む10写本に記録されている。本文全文の校訂は1943年に発表されたカール・ヤングによるものがあるだけで、マショーの作品のなかでは最も知られていない作品の一つだろう。本発表では『ハープの賦』の読解を通して、中世の文学・図像におけるハープの象徴性を確認し、マショーが修辞学的伝統を踏まえ、この題材をどのようにアレゴリー化しているかを検証する。


『ハープの賦』では、詩人は愛する貴婦人をハープと比較して語っている。ハープの弦の象徴と結びついた婦人の美徳はアレゴリー文学の手法を用いて提示される。そのアレゴリーの枠組みは13世紀にギヨーム・ド・ロリスジャン・ド・マンによって書かれた『薔薇物語』によって定着し、14世紀初頭に書かれ、その後の文学作品に大きな影響をもたらした作者不詳の『教訓化されたオウィディウス』を踏まえたものになっている。


作品の冒頭で作者は自身がハープの弾き手であることを示し、古代の神話や聖書のなかに登場する音楽家の系譜のなかに自らを位置づける。まず言及されるのはオルフェウスである。オルフェウスに次いで言及されるのが、詩と音楽の神であるフォエブス(アポロン)、そして旧約聖書詩篇の歌い手とされるダビデ王だ。彼らは中世の図像学的・文学的伝統のなかでハープ(ないし竪琴)奏者として表象される存在だ。オルフェウスのエピソードは『教訓化されたオウィディウス』でも言及されているが、そこではオルフェウスキリスト教の救世主とみなされ、彼の演奏するハープは信仰の象徴とされる。オルフェウスが奏でるハープの七本の弦は、キリスト教的な様々な象徴(七つの大罪や七つの秘跡など)に対応するものになっている。


マショーの『ハープの賦』では、ハープの弦が象徴するものが宗教的象徴から宮廷風恋愛の価値観・倫理観に基づく貴婦人の美徳へと移し替えられている。『ハープの賦』では30本の弦が表す美徳がアレゴリーによって描写される。ハープに例えられた貴婦人は、詩人の腕によってかき鳴らされる存在という官能的なイメージと結びつくが、詩人の語りはアレゴリー化された美徳の描写を通して、視覚的、音楽的、触覚的世界を離れ、倫理的で知的な概念の世界に移行していく。ハープという楽器に託された象徴性を、倫理的な宮廷風恋愛の理想と結びつけ、アレゴリーの手法を用いて発展させた点に、優れた音楽家としても知られるマショーの文学の独創性を見出すことができるだろう。
大阪市立大学都市文化研究センター研究員)