KM 文書庫(演劇、音楽、文学)

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日本ケベック学会2014年全国大会 覚書

日本ケベック学会2014年全国大会(立教大学

 

日本ケベック学会は会員数97名の小さな学会だ。今回の学会への参加者は30名ほどだった。文化・芸術だけでなく、社会、政治、経済といろいろな分野の研究者が参加している。仏文学会だと大会はいろいろな部会に分かれ、自分とは異なる時代や専門の研究発表を聞くことはほとんどない。ケベック学会は部会に分かれておらず、同じ部屋でいろいろな分野の研究者の発表を聞くことになる。こうした他分野を横断する学会だと研究も少しずつしか深まっていかなかもしれない。でもそれぞれの専門性を超えて総合的に地域社会を理解していこうという姿勢は健全な知のあり方に思える。

以下、今日聞いた発表のメモ書き:

  1. 平野貴俊(東京芸大)「1950-1960年代のラジオ・カナダによる芸術音楽放送 ー ヨーロッパの現代音楽を中心に」
    Pierre Mercureによるテレビ番組 « L'Heure du concert »(1954-1967)、Maryvonne Kendergiのラジオ番組、« Festivals européens »。前者では、オケのスタジオ演奏のほか、テレビ用に演出されたオペラ作品の放映もあった。パリのブーレーズメシアンの影響が大きい。他によく取り上げられた現代音楽作曲家は、ストラヴィンスキーヴェーベルン、ベルク、ヴァレーズなど。フランスの国営放送と大きな違いはない。カナダの現代作曲家としては、ギャラン、マレー・シェーファー、ブルース・マーザーが取り上げられていた。丁寧な調査に基づく報告だが、実証的研究ではありがちなこととはいえ、出てきた結果はつまらない。

  2. 丹羽卓(金城学院大学)「ケベコワの多くは本当にラシストなのか?:間文化主義の現在を問う」
     2007年1月14日 Journal de Montréal紙が「59%のケベコワが自分をラシストだと言った」という見出しの記事を掲載。ケベックの知識人に大きなショックを与える。ケベコワ1000人に対するアンケート調査で、「断固としてラシスト Fortement raciste」が1%、「中くらいのラシスト Moyennement raciste」が15%、「ちょっとだけラシスト Faiblement raciste」が43%、「全くラシストではない」が39%。
     ケベック社会に批判的な人たちにとってさえその生活実感とはかけ離れたこの調査結果に知識人たちはショックを受けた。フランスで行われた同種の調査では、「自分は(多少なりとも)ラシスト」と回答したのは23%。ラシストという語へのとらえ方がヨーロッパとケベックでは異なるのでは? ケベックの間文化主義は共同体間の積極的交流を促すので、異民族接触が多い。この異民族接触の摩擦の経験が「ちょっとだけラシスト」層を膨らませたのではないか? 多民族都市モンレアルは、トロント、パリのような民族グループのゲットー化が進展していない。

  3. PARK Heui-Tae(高麗大学)「『静かな革命』の10年後:ケベック映画の進展と変容」
    1960年代、ケベックで進展した「静かな革命」と1970年「10月危機」によるケベコワのアイデンティティ・クライシスの時期に制作された映画作品の紹介。社会の変動とともにドキュメンタリー映画からドキュメンタリー風フィクションへと映画の傾向が大きく変わった時期でもある。Michel Braultのドキュメンタリー『Les Raquetteurs』(1958)とドキュメンタリー風フィクションのクロード・ジュトラ『僕のアントワーヌ叔父さん Mon oncle Antoine』(1971)のシークエンスの分析。
  4. Marcel MARTEL (York University)「ケベックフランコフォンの少数派共同体との奇妙な関係:歴史的観点から」
    カナダのフランス語系住民はケベック人だけではない。現在のノヴァ・スコシア州のあたりに植民していたアカディア人の子孫たちのディアスポラ、そして18世紀末から20世紀にかけて仕事を求めて、国境を越えアメリカのニュー・イングランド諸州、カナダ西部に移住していったフランス語系カナダ人の小さなコミュニティが北米にはいくつも点在している(この1世紀間に約100万人のフランス語系カナダ人が移住した)。発表ではアカディア人のディアスポラ、そして1960年代以降の静かな革命以降のケベック人のアイデンティティ確立とその他の北米フランコフォン共同体の関係を歴史的な観点から解説。カナダにおける「フランス的事実」の変遷を概観された。
  5. シンポジウム「フランコフォニーケベック
    ・谷口侑(ジャーナリスト)「フランス語圏内で存在感を増すケベック:国際フランス語記者連合(UPF)の視点から見て」
    ・瀬藤澄彦(帝京大学)「フランス語は本当にビジネスに適していないのか?」
    ・ボブ・レナス(redたんぽぽ(有)プロデューサー)「chocolat ポッドキャストフランコフォンをめぐる」

      谷口氏は旧フランス植民地のアフリカ諸国が先導して開催されたフランス語圏諸国首脳会議でのケベックの位置づけ、その存在の重要性について語る。この11月に開催されるフランス語国際機構(OIF)事務局長のポストに、ハイチ生まれ、ケベック育ちのミカエル・ジャン女史に立候補し、ケベック政府もこれを全面支援していることを伝えた。
     瀬藤氏はビジネス界、そしてフランスにおいて蔓延しているケベックのフランス語に対する偏見への反証を挙げた。
     フランス語ポッドキャスト、chocolatを運営するボブさんはベルギー人。彼が制作するポッドキャスト番組、chocolatでフランス語圏の国々を紹介する意図、ケベックについてどのような番組を作ってきたのか、ポッドキャストという小さなメディアでフランス語圏文化を紹介することの意義について述べた。ボブさん曰く、日本人にとってのフランスは圧倒的にパリであり、「パリ/その他のフランス語地域」といった感じ。番組でもパリに言及する方が多くの聴取者を集めることができる。しかし小さなメディアの足回りのよさを生かして、むしろパリ以外の地域の紹介をchocolatでは積極的に行ってきた。chocolatユーザーが番組に期待する要望の一位は旅行、二位が料理、三位が美術、四位が映画とのこと。